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鳥取地方裁判所 昭和29年(行)8号 判決

原告 山桝秋太郎

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は請求の趣旨として「別紙目録記載の農地に対する鳥取県知事の昭和二十二年八月一日付買収令書による買収処分、ならびに、右農地を訴外山本長一に売渡した処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その原因を左のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の農地は元原告の所有であるが、鳥取県倉吉町農地委員会は右農地の買収計画を樹立公告し、昭和二十二年五月十日から同二十一日までの期間書類の縦覧をした。しかし右農地は、原告が訴外山崎春吉に賃貸していたものであるところ、昭和二十一年中に原告の自作地とするため同人から返還をうけることを約し、一部は直ちに返還をうけて原告が耕作し、また、昭和二十二年秋作までには、右土地のうちいずれか一筆は原告が返還をうける筈のものであつた。したがつて、右農地は原告の自作地で、これに対する買収は不当であるから原告は右買収計画に対し、昭和二十二年五月二十日、倉吉町農地委員会に異議の申立をしたのであるが、同農地委員会は、同日附倉農地第六一号を以て、右異議申立を却下する旨通告、同時に異議申立書も返還した。そこで、原告は更に、同年六月七日、鳥取県農地委員会に対し、右却下決定が不適法であること、ならびに、買収計画が不当なことを理由として訴願したが、これも同月十八日附受農地第四〇四号裁決書を以て、棄却されたのである。しかる後、鳥取県知事は同年八月一日附買収令書を原告に交付して買収処分をなし、同時に、訴外山本長一に売渡通知書を交付して、売渡処分を完了した。

(二)  しかしながら、右買収処分ならびに、売渡処分はつぎの理由によつて無効である。すなわち、

(イ)  まづ、倉吉町農地委員会は、原告の異議申立に対し、何等の理由を附さないで、ただ、「本会においては、討議の結果却下することに決定いたしました。」と記載した異議却下決定通知書を原告に送付した。原告は、本件農地が買収農地に該当するかどうか、換言すれば、買収が適法かどうかは異議に対する決定の理由によつてのみ知ることができるのであるから、異議に対する決定に、理由を附すべきことは、買収処分を適法とするための必要条件である。しかも自作農創設特別措置法施行規則第四条によれば、異議に対する決定には、決定書の謄本を原告に送付しなければならないのに拘らず、同委員会は前記のとおり決定通知書を原告の異議申立書とともに送付したに過ぎない。かように、決定に理由を附せず、また決定書の謄本を送達しない等法定の形式を履践しない決定は、異議に対し決定がなかつたと同様であるから、これに基く農地買収ならびに、売渡処分は無効である。

(ロ)  つぎに、鳥取県農地委員会の訴願裁決書についても、理由として「一、倉吉町農地委員会が異議申立につき却下したとの件は同委員会において審議の結果棄却されたのである。本委員会もかかる理由のものは棄却する。二、農地買収計画は市町村農地委員会にて樹立するものである。提訴の件も訴願書に明記しあらざるも倉吉町農地委員会の買収計画計上を至当と認める。」と記載されているだけで、買収計画につき、原告の実体上の申立に対し何等の判断をも示していない。訴願については、訴願法により裁決書に理由を掲げなければならないのであるから、かような裁決は前項の異議申立に対する決定と同様、理由を記載してないことになる。したがつて右訴願裁決も無効であつて、これに基く本件農地買収ならびに売渡処分はすべて無効である。

(三)  よつて、原告は右買収ならびに売渡処分の無効確認を求めるため本訴に及んだものである。

第二、被告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として、別紙目録記載の農地がもと原告の所有であること、倉吉町農地委員会が原告主張のとおり買収計画を樹立、ついで鳥取県知事が買収処分、売渡処分をしたこと、右買収計画に対し原告の異議の申立、訴願の提起があつて、倉吉町農地委員会および、鳥取県農地委員会が原告主張のとおりの決定裁決をしたこと、異議申立の決定について却下決定通知書に異議申立書を添付して返却したことはいずれもこれを認める。しかし、「理由がないものとして却下する」ということが理由の記載であるから適法なものであり、また、却下決定の通知書自体が決定書であるから、原告主張のような違法はないと述べた。

第三、(証拠省略)

理由

原告が別紙目録記載の農地の所有者であるところ、昭和二十二年五月十日、鳥取県倉吉町農地委員会が右農地の買収計画を樹立、公告したので、原告がこれに対し、適法期間内に異議申立、訴願を提起したが、いずれも、原告主張のとおりの決定、裁決があつたこと、ついで右農地は買収され更に訴外山本長一に売渡処分のあつたことは、いずれも当事者に争がない。

そこで原告の主張の当否を検討するに異議の申立、訴願ともにその性質は行政庁に行政作用の再考慮の機会を与える矯正手段であると同時に、行政作用に対する国民の権利利益の救済手段であるから、これに対する決定、裁決には行政庁の判断である理由の記載を要することは、原告主張のとおりであつて、このことは訴願につき訴願法第十四条に明らかに定められているところであるし、異議についても訴願の場合と別異に解すべき理由はない。

そうして、前記争ない事実と、原本の存在および成立に争ない甲第三、四号証、成立に争ない同第五、六号証とによれば、本件については、異議申立に対する決定、訴願に対する裁決とも、法の要求する理由の記載が全くないが、或は不備な理由を附したものと認めざるを得ないのであるが、しかしながら、理由の附してない決定裁決といえども、処分として違法であるとはいえるけれども当然無効とまでいうことはできない。かような場合であつても、これが原告に送達されることによつて効力を生ずるもので、原告はこれに対し法定の期間内に訴を提起して右処分の違法を攻撃して、決定裁決自体の取消を求めることも、また、基本の買収計画の実体上の違法を理由としてこれの取消を求めることも容易にできたのであり、これを無効と解さなければ、原告の権利の救済を不能とならしめる程の重大なかしであるとは到底認められないからである。つぎに、異議申立に決定があつたとき、決定書謄本を送付すべきことを要求する所以は、異議申立者に対し行政庁の判断を明らかにすると同時に、更に適切な権利行使の機会を与えるためのものと解されるから、決定書謄本に代えて決定通知書を送付したとしても決定書の謄本と同視できる内容の記載されている限り適法と認めるべきであり、理由の記載に欠けている場合でも、さきに説明したように決定を当然無効とするものではない。

そうして更に、右のような異議申立や訴願に対する裁決手続においての行政庁の形式的、手続的かしは、これ等に対する決定、裁決が全くなかつた場合と異りその後に行われる買収処分、売渡処分のかしとして当然に承継されるものと認めることはできないから、原告の主張する本件買収処分、売渡処分は何等違法無効ではない。本件請求は理由がなく失当である。

よつて原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 藤原吉備彦 秋山哲一)

(目録省略)

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